本学会について
日本で近代の外科治療が開始されたのは明治時代である。脳や脊髄の手術は、外科領域の一つとして行われた。日本で最初の脳腫瘍摘出術は、1905年(明治38年)に福岡医科大学(現在の九州大学)の外科教授の三宅速によってなされた。三宅速は明治24年に東京大学を卒業し、ドイツ留学後に福岡医科大学に赴任している。三宅は、1911年(明治44年)にC5-6の脊髄腫瘍摘出術を日本で最初に行った。また、明治22年に東京大学を卒業し、スイスのベルン大学に留学した伊藤集三は、京都大学の教授として赴任し、同じ頃に6例の椎弓切除を行った。このように、当初は、脳・脊髄手術は一般外科で開始された。
一般外科から整形外科が分離したのは、脳神経外科に比べて遙かに早く、1906年(明治36年)には整形外科学講座が東京大学と京都大学に新設されている。1948年(昭和23年)の医療法制定時には整形外科は内科、精神科、小児科、外科、皮膚泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、理学診療科、歯科とともに、標榜科として認定されている。脳神経外科が認定されるのは、後述のように、この17年後である。
脳神経外科の学会の創設は、1948年(昭和23年)に新潟大学教授の中田瑞穂を会長として新潟で開催された第48回日本外科学会の時である。斉藤眞、中田瑞穂、荒木千里、清水健太郎、渡邊茂雄、古沢清明、佐野圭司、桂重次らが集まり、日本脳・神経外科研究会が発足し、翌日に新潟大学の講堂で第1回の研究会(総会)が開催された。1951年(昭和26年)には、東京大学病院に初めて脳神経外科が診療科として置かれた。1952年(昭和27年)に日本脳・神経外科学会と改称された。医療法の標榜科として脳神経外科が認められたのは1965年(昭和40年)である。この時に、「・」が除かれた「脳神経外科」が正式診療名となり、脳、脊髄及び末梢神経に関する外科と定義された。また、この年より日本脳・神経外科学会は、日本脳神経外科学会と呼称されることになった。
標榜科としての脳神経外科が創始された前後から、海外でトレーニングを受けた脳神経外科医による脊椎脊髄手術が日本で開始されるようになった。北大第一外科に在籍していた都留美都雄は、1952年(昭和27年)に脳神経外科を学ぶために米国ボストンに留学した。この時、米国の脳神経外科が、脳だけではなく、脊髄・末梢神経の外科を扱う広い分野であることを知り、神経学を含めた本格的な脳神経外科の研修を受けた。都留は米国の脳神経外科専門医を取得した後、1957年(昭和32年)12月に帰国し、1958年(昭和33年)から北海道大学病院で脳神経外科診療を開始した。1960年には、慶應義塾大学より同じくボストンに留学していた矢田賢三が北海道大学脳神経外科に加わり、脊椎脊髄疾患の手術に積極的に取り組んだ。東京医科歯科大学を卒業後、東京大学第一外科に進んだ長島親男は1962年に渡米し、エール大学で脳神経外科を学んだ。1963年に帰国し、頚椎症に対するScoville手術を積極的に開始した。
1970年代になると日本全国の脳神経外科で脊椎脊髄手術を積極的に行う施設が増えてくる。1972年から1979年の日本脳神経外科学会総会には、坪川孝志、角家暁、菊池晴彦、阿部弘、岩﨑喜信、井須豊彦、朝長正道、白馬明、山本勇夫、山田博是、近藤明悳、小山素麿、橘滋国、高橋宏、中川洋らによる脊椎脊髄関連の発表が多く行われた。1980年代は、CT、MRIなどの画像診断の発展に伴い、脳神経外科医による脊椎脊髄手術が広く普及した時期である。1980年には大阪市立大学の西村周郎らが中心になって設立した近畿脊髄外科研究会が発足した。この流れの中で、脳神経外科医による全国規模の学会設立の機運が高まった。
1986年、大阪市立大学脳神経外科白馬明が中心となり、阿部弘、白馬明、角家暁、長島親男、中川洋、朝長正道、矢田賢三の7名が発起人となって、日本脊髄外科研究会が発足した。この年の7月6日に第1回日本脊髄外科研究会が矢田賢三を会長として東京の日本都市センターで開催された。この研究会は1998年の第13回から日本脊髄外科学会に改称された。2006年からは運営形態がそれまでの世話人会制度から理事会制度に変更され、初代理事長には愛知医科大学の中川洋が就任した。2008年からは藤枝平成記念病院の花北順哉が2代目理事長となり、2011年に法人化して、学会の名称は一般社団法人日本脊髄外科学会となった。2013年からは獨協医科大学の金彪が3代目の理事長に就任している。また、一般社団法人日本脊髄外科学会の英文名は、The Japanese Society of Spinal Surgeryであったが、2016年6月8日の理事会で、英文名をNeurospinal Society of Japanに変更した。
この間、北海道大学の岩﨑喜信らが中心となって、脊髄外科医の訓練を目的とする脊髄外科指導医・認定医・訓練施設制度が構築され、2003年から運用を開始した。2010年には、脳神経外科と整形外科共通の脊椎脊髄外科専門医制度に関する委員会が立ち上げられた。研修プログラムや認定・更新に関する検討が続いており、2017年には共通の脊椎脊髄外科認定医のための専門医試験が開始されている。
参考文献
佐野圭司:日本の脳神経外科の歴史. 福井仁司編著、脳神経外科発展史. 医学書院, 東京, pp2-15, 2003
角家暁:わが国の脳神経外科における脊椎・脊髄外科の歴史. 脊髄外科13 (1):1-14, 1999
花北順哉:わが国の脳神経外科領域における脊髄外科の歴史と喫緊の課題. 脊髄外科25(1):9-13, 2011
阿部弘:日本の脊髄外科の歩みー黎明期から発展期— (1911-2000年). 脊髄外科30(1):5-19, 2016
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